ワールドスクーリングって何?
学校に通わないと学力が他の子供よりも劣るのでは?
社会性はきちんと身につくの?
本記事では、このような悩みや疑問を解決します。
記事を書いている僕は、非認知能力に関する教育サービスの開発を3年ほどしたり、プロボノとして中高生の非認知能力を伸ばすキャリア教育をしたりしています。
世界中が教室になるワールドスクーリング
まず最初に、「ワールドスクーリング」という新しい家族のライフスタイルについて、その定義及び「アンスクーリング」などとの違いを説明します。
ワールドスクーリングとは?
「ワールドスクーリング」は子供がいる家庭が、旅をしながらその旅を通して子供に学びを与える新しい家族のライフスタイル。
「ワールドスクーリング」中の子供は、一般的な家庭の子供ように、学校に通いクラスで一斉授業を受ける訳ではありません。
学校の教室の代わりに、家族と一緒に世界中(もしくは国内)を旅し、その旅先での体験とオンラインでの学習を組み合わせ、子供の興味を軸に学んでいくのです。
アンスクーリング / ホームスクーリング / ワールドスクーリング
「ワールドスクーリング」と近しい概念に、「アンスクーリング」「ホームスクーリング」があります。
結論としては、「ワールドスクーリング」は「アンスクーリング」の派生系です。
少し難しいと思いますので、順番に説明します。
1, アンスクーリング
まず、「アンスクーリング」。
「アンスクーリング」は、学校に行かず子供の自主性に合わせて教育を行う方法です。
「ナチュラル・スクーリング」とも呼ばれます。
「アンスクーリング」におけるキーワードは、「子供自身の興味・熱量」と「探究」です。
学校で一律的な授業を受ける代わりに、基本的な勉強はしつつも、それ以外の時間は子供が知りたい・学びたいと思ったことに対して大人がその探究をサポートしてあげるのです。
そして最大の特徴は、子供がカリキュラムや教師(学校の先生だけではなく、アンスクーリングの先生も含む)の指示を受けないことです。
何を、いつ、どのやって知識を得るかという教育のコントロール権が子供自身にあり、大人はそのサポーターとして立ち振る舞うのです。
「アンスクーリング」で育った有名人は例えば、
・アンドリュー・カーネギー(実業家)
・エイブラハム・リンカーン(第16代アメリカ大統領)
などです。
2, ホームスクーリング
続いて、「ホームスクーリング」です。
学校に通わない点では「アンスクーリング」と同じです。
ただ「アンスクーリング」では教育のコントロール権が子供にありますが、「ホームスクーリング」は基本的に学校という環境を家庭の中に再現する手法です。
そのため、学校の教科書などカリキュラム通りのものを使用ことが一般的です。
①学習の拠点が家庭
②カリキュラム通りの学習
という点に置いて「アンスクーリング」とは異なるのです。
(「アンスクーリング」は学習の拠点が家庭である必要はないです)
上記のようにカリキュラムがベースになっているので、関連機関への学習計画の提出の必要性があったり、それによって補助金が出たりするエリアもあります。
日本では不登校対策の文脈で登場することが多いですが、海外では
・宗教・思想と学校の方針があわない
・金銭的な余裕がなく学校に通えない
・英才教育をしたい
などの理由で「ホームスクーリング」を選択する家庭があります。
3, ワールドスクーリング
改めて「ワールドスクーリング」について説明をすると、学校に通わず世界中(もしくは国内)を旅しながらその旅先での経験から学びを得る教育方法です。
「ワールドスクーリング」を実践する家庭は基本的に子供の興味関心をベースにすることが多いので、教育哲学的な面では「アンスクーリング」の派生系と捉えた方が良いかもしれません。
また、「ワールドスクーリング」中の子供は
・オンライン教育
・親からの教育
・旅先での経験
などを組み合わせながら学びを得ます。
オンライン教育とは具体的に、オンライン授業を行うサービスやオンライン塾などです。
最大の特徴は、世界を旅をする中で学びを得ること、少し抽象化すると「世界中が、旅が教室になること」と言えるでしょう。
実際に「ワールドスクーリング」をした方が書いた記事があるので、読むとイメージがわくかもしれません。
ワールドスクーリングに対する懸念
「ワールドスクーリング」の概念をご理解いただけたかと思います。
ただ、恐らく子供の教育や精神的な観点で懸念がありますよね。
それらを簡単にピックアップしていこうと思います。
扱うのはこのような懸念や疑問です。
② 同年代の友達と関わらずに社会性は身につくの?
③ 子供に精神的な悪影響はないの?
① 子供の学力は低くならないの?
まずは、子供の学力(知能指数)に関する懸念です。
ただ、実際に「ワールドスクーリングを経験した子供の知能指数」に関する十分なデータはありません。
如何せん「ワールドスクーリング」という概念が生まれたのが2000年代なので、まだその良し悪しを判断する研究が少ないのです。
代わりに「ホームスクーリング」についてのデータを紹介します
(National Home Education Research Institute *米)。
National Home Education Research Instituteによると、「ホームスクーリング」で育った子供は、公立学校の生徒よりも、学力テストでは15〜30ポイント高いスコアを出すことが普通だそうです。
(点数の範囲は1〜99ポイント)
しかも「ホームスクーリング」で育った生徒は、両親の教育レベルや年収に関係なく、学力テストで平均以上のスコアを出していたとのこと。
教育格差が広いアメリカのデータなので、一概に「ホームスクーリング」の方が良いとは言い切れませんが、一般的な教育と比較しても遜色ない知能指数が得られる可能性はあるでしょう。
ただし、
・親が時間をかけて学習計画などを一緒に作ってあげる
・分からない部分を親が回答してあげる
など親がより多くの労力をかける必要があるでしょう(ここが重要です)。
*エジンバラ大学の研究では、615,812人のデータをメタ分析し学校に1年通うと子供のIQは平均で1.2〜5.3ポイント上昇するなど、学校に通うこととIQの正の関係を明らかにしたデータもあるので、現時点では「絶対にワールドスクーリングが良い」とは言い切れないのが現状です。
(ワールドスクーリングに限定したエビデンスがないので)
② 子供の社会性は身につくの?
学校に通う意義は、学力よりも、人間関係の構築、感情の制御などいわゆる「非認知能力」と呼ばれている能力群を伸ばすことにあるという指摘もあるでしょう。
*非認知能力についてはこちらで詳しく解説しています
そういった「非認知能力」と「ワールドスクーリング」の相性はどうなのでしょうか?
特に懸念されるのが、「社会性」でしょう。
『家庭、学校、職場で生かせる!自分と相手の非認知能力を伸ばすコツ』(中山芳一著)で提唱されている非認知能力の3分類を参考にすると、「社会性」は「他者と向き合う力」に該当します。
「社会性(他者と繋がる力)」に懸念がある一方で、「自分と向き合う力」「自分を高める力」については、「子供の興味関心をベースにして、大人が正しくコーチングする」という前提が成立すればある程度は身につくのではないでしょうか?(前提が成立すれば、ですが)
では、「社会性(他者と繋がる力)」に関する検討です。
結論としては、メリットデメリット両方があると思います。
それぞれ紹介します。
社会性獲得におけるワールドスクーリングのメリット
「ワールドスクーリング」で受けられる最大のメリットはなんと言っても「価値観、出自が全く異なる人との交流」ではないでしょうか。
特に世界中を旅するケースですが、日本の教室にいては(下手したら一生)出会えないような多様な考え方を持った人と交流する時間は人生においてとても貴重な経験になると思います。
ここについても定量的なデータはないので、理論的なアプローチで説明してみようと思います。
「経験学習」という人材育成における理論があるのですが、その中に「異質な他者」という概念があります。
「異質な他者」というのは、「自分とは価値観、出自など全く異なる他者」という意味です。
「異質な他者」と交流する、特定の目標を目指して協力をすることは、経験学習理論においては人を大きく成長させる要素であるとされています。
上記のことを踏まえると、様々な国を旅をする中で様々な「異質な他者」と交流し、可能であればプロジェクト型の学習をそういった「異質な他者」と行うようにコーディネートできれば「他者と繋がる力」は磨かれると思います。
また、初対面の「異質な他者」と交流し続けることは、一般的な子供が経験することがない不安定な状況です。
そういった不安定な状況を大人のサポートで乗り越えることで、「非認知能力」の一つである「レジリエンス(挫折や不安定な状況から立ち直る心の強さ)」を身につけることできるでしょう。
*レジリエンスについてはこちらの記事で詳しく解説しています
レジリエンスの高い子どもに育てる4つの方法。心の回復力を育てよう!
社会性獲得におけるワールドスクーリングのデメリット
一方で、「学校で同年代の子供と交流しないと社会性が身につかない」という批判も一定数存在します。
この批判の前提は、「学校でなければ社会性が身につかない」ということです。
「学校でなければ社会性が身につかない」ことを検証する一つの方法は、「学校がなかった時代の子供のたちの社会性」を想像してみることです。
日本における初等教育の始まりは1872年の「学制」発布。
では、それ以前の(学校に通っていない)子供は社会性がなかったのでしょうか?
150年ほど前なのでもちろんデータはないのですが、恐らく一定の社会性は持ち合わせていたのではないでしょうか?
「学校」という共通の場はないにしろ、近所の同年代の子供との交流、家族単位での交流などを通して社会性を獲得していたものと考えられます。
そう考えると「ワールドスクーリング」によって失うのは、「学校という特殊な場所で発揮できる”狭義の社会性”」なのです。
一方で”真の社会性”とはどのようなものでしょうか?
Bulletin og Aichi Univ.of Education 67-I(pp.59-63 March, 2018)では、鈴木(2010)の主張を取り上げ、”真の社会性”について以下のように定義しています。
社会性とは、単に社会に順応することではなく、個人が社会に働きかけたり、新しい価値観を創造するといった、より積極的で能動的な態度を含む概念
上記の定義を”真の社会性”と捉えると、「ワールドスクーリング」で世界中の「異質な他者」と交流し、究極的には共にプロジェクト型の学習を行っていけば「他者と繋がる力」を獲得する余地は大いにあるでしょう。
(交流の場を親がセットすることが前提です)
「ワールドスクーリング(国内ではなく世界旅行)」を定義通りに成立させ、交流の場を親がセッティングすることができれば「社会性が身につかない」という批判は跳ね除けることが可能だと思います。
また、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏は、人間が賢くなる方法を「人」「本」「旅」だとしています。
特に「旅」は、「コンフォートゾーン」から出て学ぶことであり、まさに「ワールドスクーリング」が目指すところではないでしょうか。
ただ上記の話は、「親が現地の人と交流し、さらに子供が交流できる環境を用意することができる」ことが前提です。
そのため、親にも「社会性」をはじめとした「非認知能力」が求められます。
「ワールドスクーリング」をご検討されている方は、是非ご自身の「非認知能力」について振り返って見てください。
*大人の「非認知能力」の伸ばし方はこちらで解説しています
③ 子供の精神状態に悪い影響は?
3つ目の懸念は子供の精神状態に関するものです。
「ワールドスクーリング」を行うということは「家族以外に長年を共にするコミュニティーを持たない」ということです。
「コミュニティー所属数が少ない」「コミュニティー所属期間が短い」ことによる悪影響はあるのでしょうか?
この話についてもメリットデメリットがあるでしょう。
コミュニティー所属数・年数が少ないことによるメリット
メリットは比較的わかりやすいと思います。
具体的には、いじめなど「特定のコミュニティーに所属するが故の問題」を避けることができることが大きなメリットです。
例えばいじめ。
文部科学省によると、2020年のいじめ認知件数は過去最多の61万2,494件(前年度から6万8,563増)です。
「小中高時代のいじめ経験が大学生の自尊感情とWell-Beingに与える影響」(水谷,雨宮 2015)によると、いじめ調査において「いじめを受けたことが一切ない」と回答したのは、
・小学生では12.9%
・中学生では7.0%
・高校生では14.9%
のみだそうです。
*いじめの定義は、少しでも苦痛を受けた経験があるか否か
つまり、ほとんどの小中高生が多少なりともいじめを受けた経験があるということです。
また同論文では、そういった小中高生時代に受けたいじめが大学生時代の自尊感情に負の影響を与えるという分析をしています。
いじめなどは特定のコミュニティーに(半強制的に)長期間所属するから発生する確率が上がるため、そもそもコミュニティーの所属数及び所属期間を短くすればその懸念が軽減されていきます。
コミュニティー所属数・年数が少ないことによるメリット
一方でデメリットはどのようなものでしょうか?
それはやはり、「同世代とのコミュニティーに(長期間)所属していないことによる不安」でしょう。
やはり複数のコミュニティーの所属をしているといっても年代が違えば、流行りや楽しめることも異なります。
そういった「共通言語」を持つことができない他者とばかりのコミュニケーションばかりでは、子供が精神的な安定を得ることは難しいでしょう。
こればかりは、学校に通うことに軍配が上がります。
「ワールドスクーリング」でも、例えば同年代の子供が参加するボランティアに加わるなど、同年代の子供との交流を担保する方法は存在します。
ただ、コミュニケーションの量という点においては、一年間同じ教室に所属するクラスメイトと比較するとどうしても劣ってしまいます。
ワールドスクーリング経験者の事例
「ワールドスクーリング」のメリットデメリットをご理解いただけたでしょうか?
「ホームスクーリング」などと比べてまだエビデンスが少ない領域なので、「ワールドスクーリングは意味がある or 意味がない」という主張をエビデンスベースで行うことは難しいです。
(逆に現時点でそこまで強い主張をしている方がいたら、参考としては受け止めるべきですが盲信するのはやめてご自身で調べましょう)
エビデンスベースでの話が難しいので、最後に実際にワールドスクーリングを経験した子供・家族の事例を紹介します。
母親と旅をした9歳の少年
9歳から母親と一緒に「ワールドスクーリング」をしていた少年の記事がHUFFPOSTにあり、面白かったのでシェアします。
母親は広告代理店を経営していたそうですが、不況で倒産可能性が高くなり、周囲に反対されながらもアルゼンチンを目指して子供と一緒に旅をしていたそうです。
詳しくは記事のリンクを添付しておくのでご覧いただきたいのですが、この少年の「ワールドスクーリング」での学びについての言葉が印象的だったので紹介します。
僕はグアテマラのバイリンガルスクールに通い、コロンビアのホステルで働き、今回はホストではなくビジターとして、「カウチサーフィン」を利用する多くの人々と出会った。僕はスペイン語に囲まれて生活する中ですぐに言葉を覚え、歴史、アート、文章を書くこと、神話に情熱を見出した。多くの人々に出会い、常に積極的に社会との関わりを持った(そして、必ずさよならを言わなければならなかった)。何よりも、ずっと前に失われてしまった母との関係を取り戻すことができた。
様々な国で、様々な「異質な他者」や文化に触れながら成長するイメージがなんとなく沸いたのではないでしょうか?
以下が引用元の記事です
またこの少年は、母親と一緒にProject World Schoolという会社を立ち上げ、旅費を稼いだそうです。
*下記がProject World SchoolのFaceBookページです
世界あちこち家族
2つ目は日本人の事例です。
「世界あちこち家族」というサイトを運営しているJuncoさんは、世界中を旅しながら子育てをしています。
Juncoさんは、以下2つの理由から「ワールドスクーリング」の実践を決めたそうです。
- より多くの時間を子供と一緒に過ごしたい
- 長年の教員経験から、プロジェクト型/デザイン型の学びの定着率が高いと感じた
「ワールドスクーリング」に至るまでの経緯などが書かれているので是非「世界あちこち家族」のサイトをご覧ください。
書籍『WORLD SCHOOLING』
日本語版はないのですが、「ワールドスクーリング」についての書籍も出版されています。
具体的には、「ワールドスクーリング」の事例を通して、家族旅行をしながらの教育についての障壁3つを取り上げて解説しています。
また「ワールドスクーリング」の4つアプローチなども紹介されているので、世界中を教室にすることに興味がある方、検討をされている方は一読をおすすめします。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
・ワールドスクーリングの定義
・アンスクーリング、ホームスクーリングとの違い
・ワールドスクーリングのメリットデメリット
・ワールドスクーリングの事例
についてご理解いただけたでしょうか?
「ホームスクーリング」もそうなのですが、「ワールドスクーリング」はその良し悪しを判断するエビデンスに乏しい領域です。
「ワールドスクーリング」を検討される場合は、是非ご自身でのリサーチを重視してあげてください。
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