エビデンスベースの教育をするなら、「ニューメラシー」が必須

エビデンスベースの教育

 

・エビデンスベースの教育って何?
・どうやったらエビデンスベースの教育を実践できるの?
・データを読み解く上で大切なニューメラシーって何?

本記事では、このような悩みや疑問を解決します。

記事を書いている僕は、非認知能力に関する教育サービスの開発を3年ほどしたり、プロボノとして中高生の非認知能力を伸ばすキャリア教育をしたりしています。

 

「エビデンスベースの教育」とは?

まずは「エビデンスベースの教育」やその重要性について説明します。

 

「エビデンスベースの教育」の概要

エビデンスベースの教育」とは、統計データなど科学的根拠を基づいて教育の実践や政策を考え実践していくことです。

日本では『学力の経済学』の著者である中室牧子教授(慶應大学)が主張していることで有名です。

 

「エビデンスベースの教育」が求められる背景

こういった「エビデンスベースの教育」が求められる背景には、「再現性」を重視する思想があります。

これまでの日本は、「勘と経験による教育」が主流でした。

明確なデータや研究結果ではなく、(主に年長者の)経験やその経験から導き出された勘、メソッドをベースに教育プログラムが組まれていました。

また書籍の売上を見ても、ベストセラーになる本は「東大に受かった親の育児メソッド」的な個人の成功体験をベースにしたものが多かったです。

ただし、そういった「勘や経験による教育」には「再現性がない」というデメリットがあります。

確かに、個人的な成功メソッドにのっとって成功する子供もいるでしょう。

しかし、統計的に有効だと判定されていない手法を自分が関わる子供で実践しても「同じ結果が出る確率」は高くないのです。

なぜなら教育の前提となる条件は子供毎に異なるためです。

例えば、
・親の収入や学歴
・住んでいる地域や付き合っている友達
・通っている学校の教育方針
などは子供毎に異なりますよね?

そういった前提を加味すると、「統計的に有効と判断された(多くの子供で同じ結果が出る確率が高い)手法」が重要視されるのです。

 

数字に踊らされないためには、ニューメラシーが必要

先述のように、教育にはエビデンスが求められています。

そして、エビデンスは簡単にすると「数字とその数字の解釈の集合体」のため、エビデンスベースの教育を行う際には「数字やエビデンスに対するリテラシー」が求められます。

数字やエビデンスを見てもそれに踊らされずに、情報の本質を見極めて自分の頭で考え、判断する能力が必要なのです。

そこで出てくるキーワードが「ニューメラシー 」です。

 

ニューメラシーとは?

ニューメラシー」は、OECD(経済協力開発機構)の国際成人力調査(PIAAA)で評価される指標の1つで、日本語では「数的思考力」と訳されます。

ニューメラシー」は、計算するという意味の”numerate”と読解力という意味の”Literacy”が組み合わさり生まれた言葉です。

numeracy=numerate(計算する)+literacy(読解力)

意味としては、一言で言うと「数字やデータを科学的かつ批判的に精査できる能力」です。

数字やデータ、またはデータをベースにした記事・見出し・主張を見た際にそれを鵜呑みにするのではなく、きちんと真偽を判定することができる力がニューメラシーです。

 

なぜニューメラシーを身につける必要がある?

結論としては、ニューメラシーがないとエビデンスベースの教育を行うときに、数字やデータに踊らされることになるからです。

具体例を交えて説明します。

 

具体例:「35人学級撤廃」に対する文部科学省の主張とそのエビデンス

少し長くなりますが、2013年度に文部科学省が主張した「35人学級の撤廃」を例に取り、「ニューメラシー」の必要性を説明します。

まずは前提となる情報です。

公立小学校では、2011年度から1年生の1クラス上限を40人から35人に減らしていました。
それに対して文部科学省は、2013年度から「40人学級に戻すべき」と主張しました。

その際に文部科学省が主張の裏付けとして使ったエビデンスが以下2つです。

・1、教職員を4000人削減し、人件費を86億円節約可能
・2、いじめ、不登校、暴力行為の件数

上記の2つを用いて、増加する教員の人件費に対していじめなどの削減の効果がみられなかった(コスパが悪い)と結論付けたのです。

また具体的なデータがこちらです。
*文部科学省が使用したデータをベースに筆者が表を作成。

上記のデータの何が問題でしょうか?
順に見ていきましょう。

35人学級導入前後の、いじめ・暴力行為・不登校率の差分にご注目ください。

一見すると確かに不登校率以外は改善されていないように見えます。

ただし、ニューメラシーを持ってこのデータを見てみると真実が浮かび上がってきます。 データマーケティングの世界ではこう言ったデータを深く見ることを「ディープダイブ」と呼びます。

少し難しい話ですが、「いじめ、暴力行為」と「不登校」では性質が異なります。

具体的には、「いじめ、暴力行為」と「不登校」では「暗数」が働くかどうかという違いがあります。

暗数」は、公式の統計には上がってこない隠れた数字、発見されない数字のことです。

難しいと思うので、ここも実例を見る中でご理解いただけますと幸いです。

まずは、いじめ及び暴力行為の報告数です。

いじめ・暴力行為の報告数は「実際に発生している件数」ではなく「教員が認知した件数」なのです。

「いじめ・暴力行為の報告数=教員が認知した件数」なので、「教員が認知していないいじめ・暴力行為」はカウントされないのです。

この、「教員が認知していないいじめ・暴力行為の件数」が「暗数」です。

一方で不登校は、判断基準が明確で「暗数」が少ないです。

もちろんグレーゾーンはありますが、
・学校に来ている=不登校ではない
・学校に来てない=不登校
と言う明確な基準があるので、労力をかけたり注視したりしなくても不登校の判定は可能なのです(不登校に対処できるかは別)。

ここまでの、
・いじめ、暴力行為の発見は教員任せで「暗数」が多い
・不登校は判断基準が明確かつ判定がしやすく(隠しにくく)「暗数」が少ない
ということを整理していきましょう。

いじめ・暴力行為は、そもそも「暗数」である「教員が認知していない件数」が多いのです。

その一因としては、教育が管理する必要がある人数が多すぎることが挙げられます。

1クラス40人を教員1人で見る訳なので、朝出席をとって判断ができる不登校に比べて、教員の目の届かないところで行われている(労力を割いて確認しにいかなければならない)いじめ・暴力行為は中々発見しにくいのです。

このことを逆に捉えると、クラスの人数を減らし、教員が管理すべき人数を減らせば減らすほど、いじめ・暴力行為を発見しやすくなり、「暗数」が減少していきます。

ここまでの情報を踏まえた上で先ほどのデータに戻りましょう。

不登校率を見てみると、0.2%ポイント改善していますね。
これは素直に「改善した」と受け取って良い数字です。

なぜなら先述したように、不登校は判断指標が「学校に来たか来ないか」で、教員の監視面での努力に影響されにくい(暗数が発生しにくい)からです。

一方で、
・いじめは0.6ポイント
・暴力行為は0.4ポイント
それぞれ増加していますね。

一見すると、いじめ・暴力行為共に微妙に悪化していますよね?
ただここで、先ほどの「暗数」の話を思い出してください。

「35人学級」の導入により、教師の監督対象が40人から35人に減ったのです。
教師は、生徒一人一人にかける労力を上げることができたのです。

その結果、これまでは「暗数」であった「教師が把握していないいじめや暴力の件数」が「暗数」ではなくなりました(正確に言うと、多少改善されました)。

つまり、
・35人学級にしたことでいじめ、暴力行為が増えた
のではなく
「元々発生していたが把握されていなかったいじめと暴力行為」が発見されカウントされるようになった
のです。

そして、「いじめや暴力行為は発見されない限りカウントできない」ことを考慮すると、「いじめと暴力行為の発見率が上がった」と捉えればむしろポジティブに捉えるべき、と言う結論になりますよね?

本来なら、ここでさらに「35人学級にしたことでいじめと暴力行為の発見率が上がった」という仮説を検証するために追加でデータを探す必要があるのですが、文字数の関係で割愛します。

いかがでしょうか?

文部科学省の35人学級撤廃に使ったデータと、そのデータへのディープダイブ(暗数の概念の勉強)を通して「ニューメラシー」及びその必要性をご理解いただけたでしょうか?

 

ニューメラシーを身につけるにはどうしたら良いか?

最後に、「ニューメラシー」を身につけるための方法を紹介します。

主なフォーカスは、子供を将来「ニューメラシー」を持つ人に育てる方法です。

大人が「ニューメラシー」を身につけるためにおすすめの書籍4冊も紹介するのでご覧ください。

 

アクティブラーニングが「ニューメラシー」育成にとって重要

ベネッセ教育総合研究所が発行している、「VIEW next 教育委員会版 2016年 vol.2」の内容を元にしながら、「ニューメラシー」を身につける方法を紹介していきます。

結論としては、「アクティブラーニング」が「ニューメラシー」を持つ子供を育てる上で有効です。

 

アクティブラーニングとは?

アクティブラーニングは「学習者の能動的な参加を取り入れた授業、学習法の総称」です(文部科学省による定義)。

少し難しいですが、教員が教えて生徒はそれを聞くという一方通行な教育ではなく、グループワークやディスカッションなどを通して学び手が主体となって学習をしていくような教育を指しています。

 

アクティブラーニングを行う上で大切なこと

アクティブラーニングを実行する上では、「形だけのアクティブラーニング」に陥らないように注意してください。

形だけのアクティブラーニング」とは、ペアワーク、グループワーク、表現活動などアクティブラーニングの文脈で用いられる手法だけを導入することです。

そんな「形だけのアクティブラーニング」に陥らずに、ニューメラシーを育むためには3つの大切なポイントがあります。

  • ポイント① 深い学び
  • ポイント② 対話的な学び
  • ポイント③ 主体的な学び

 

アクティブラーニングのポイント① 深い学び

特に「深い学び」はニューメラシー育成の観点で重要です。

深い学び」とは、事実的知識だけを学ぶのではなく、問いを繰り返すことです。

問いを繰り返すことで物事の本質を学びとり、学びを抽象化し、他の事例でも応用可能な深い知識を身に着けることができます

例えば、国語の詩の授業で修辞法について教えるとしましょう。

ただ単純に修辞法や読解のポイントを教えるだけでは「深い学び」はありません。

「深い学び」に変えるためには、修辞法の知識を元に自分たちの校歌を分析し、クラス全員の前で発表し意見を交換するプロジェクト型のワークなどが有効です。

 

アクティブラーニングのポイント② 対話的な学び

対話的な学び」は、他者との協働や外界との相互作業を通して自らの考えを広げ深めるような学びです。

深い学び」で紹介した修辞法のプログラムは「対話的な学び」の実践でも有効です。

上記のプログラムを個人ではなく、グループワークにすれば「深く、そして対話的な学び」を実現できますね。

特に有効なのが、異なる出自や価値観を持った他者(「異質な他者」と言います)との対話です。

 

アクティブラーニングのポイント③ 主体的な学び

主体的な学び」とは、見通しを持って粘り強く取り組み、自らの学習活動を振り返って次につなげる学びです。

そんな「主体的な学び」を成立させるためには、4つの要素が必要です。

  1. 問題意識
    内発的な動機、課題意識があること

  2. 知識・技能
    議論・思考の前提となる知識や技能を持っていること

  3. 捉え方・考え方
    物事や他者の発言などを正しく捉え思考すること

  4. メタ認知能力
    自らの思考や行動を客観的に捉え分析する力があること

例えば、体育の跳び箱の授業では、「学習カード」を活用し、今日は何ができて何ができなかったのか、もう少しうまくやるためにはどうしたらいいのかを考えて記録することで、主体的な学びの構築が期待できるでしょう。

 

家庭でアクティブラーニングを取り入れる

教育施設ではアクティブラーニングの手法がどんどん導入されています。

ただし、個人的には以下の理由から家庭でもアクティブラーニングを行っていくことを推奨しています。

・教育機関の人が、忙しい・テクノロジーが苦手などの理由で正しくアクティブラーニングを行えない場合がある

・親は子供に対して、学校の先生の230倍の影響力を持つ(ボーク重子氏の記事より)

そこで、家庭で実践できる3つの手法を紹介します。

 

【①深い学び】買い物を任せ、食材について話す

これはアクティブラーニングのうち「深い学び」を実践する方法です。

やること

  1. 曜日を固定し、子供に夕食の食材を買って来てもらう

  2. 食材について、届くまでの過程など周辺知識を話す
    「牛乳はどこで取れるのかなー?」など
  3. 夕食後に子供が興味を持ったテーマについて一緒に調べアクションに移す
    「じゃあ今度一緒に牧場に行ってみようか!」など

 

【②対話的な学び】コンテンツを見ながらその内容を説明してもらう

対話的な学び」を実践する手法です。

コンテンツというのは、本、アニメ、映画、テレビ番組など子供が普段目にするものです。

具体的には、コンテンツを見た子供に対して、
・どんな話なの?
・主人公はどんな人なの?
・〇〇くん,ちゃんはこの話でどこが好き?
など問いを使いながら言葉を引き出してあげてください

中でもおすすめのコンテンツは(絵本でもOK)です。

アメリカのNational Endowment for the Artsの研究報告によると、家庭にある本の数と学力調査の成績は比例するそうです。

本がたくさんある家庭で育つと、より多くの語彙や概念、興味の対象に出会う機会に恵まれます。

それにより、子供との対話の対象がどんどん広がりますし、次に説明する「主体的な学び」にも絡みますが、子供が主体的になれる対象も広がります。

蛇足ですが、本棚を作る時は本の難易度、ジャンルをごっちゃ混ぜにした「アラカルト本棚」をつくることをおすすめしています(紙の本を推奨)。

大人が読む本も一緒に本棚に入れてあげてください。

 

【③主体的な学び】夕食の時間に、その日あったことを話してもらう

これはアクティブラーニングのうち「主体的な学び」を実践する方法です。

「主体的な学び」のベースは、「子供の興味関心」です。

ただ子供のうちは、自分が何に興味があるのかについて気づくことは難しいですよね。

そこでやっていただきたいのは、夕食の時間に子供に「その日の出来事、その感想・理由」を聞くことです。

夕食の時間に「楽しかったこと」「嫌だったこと」などを聞く中で、親が子供の熱意に気づくことはもちろん、子供自身が自分の好き嫌いに気づく「メタ認知」を促すことができます。

家族で週5日以上食事をとると、
・将来のアルコール依存
・喫煙
・うつ病
・学校での問題行動
などのリスクが下がることも報告されています(ミネソタ大学)。

 

大人がニューメラシーを身につけるためにおすすめの書籍

最後に、大人がニューメラシーを身につけるためにおすすめの書籍を4冊紹介します。

一冊目は、世界で100万部のベストセラーを記録した『FACTFULNESS』です。

世の中の思い込み10個取り上げ、データを元にそれぞれの思い込みに対する真実を暴いていく一冊です。

データの正しい使い方や今の世界の実情を知ることができます。

 


本国オランダでは発売してすぐ25万部売れ、世界46ヵ国での翻訳が決定した一冊です。

「性悪説」を裏付ける複数の研究(スタンフォード大の囚人実験など)に対して、現地に赴き一時情報に触れ、「隠された真実」を暴いていく上下巻です。

筆者の調査などを通して、「盲目的にデータを信じ込まずに自分で確かめる姿勢」を学ぶことができます。

 

データに基づき教育を経済学的な手法で分析する「教育経済学」について分かりやすく説明してくれている一冊です。

「ゲームが子どもに与える影響」「少人数学級の効果」など、今まで「思い込み」で語られてきた教育の効果を、科学的根拠から解き明かしてくれています

 


「ニューメラシー」は言い換えると、「データや数字を見て直感的に判断を下す脳にブレーキをかけ、真実や自分の意見について熟考してみる力」です。

『ファスト&スロー上下』はそんな、「直感的な早い思考(システム1、ファスト)」と「熟考的な遅い思考(システム2、スロー)」について取り上げた一冊です。

「直感的な早い思考」が発生した際に、「あ、今はニューメラシー を発揮すべき時だな」と思えるようになります。

 
 
 

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