・非認知能力が大切って聞くけど、その根拠は?
・非認知能力を広めた経済学者、ジェームズ・ヘックマンが引用する研究(ペリー就学前プログラム)について詳しく知りたい
本記事ではこのような悩みや疑問を解決します。
記事を書いている僕は、非認知能力に関する教育サービスの開発を3年ほどしたり、プロボノとして中高生の非認知能力を伸ばすキャリア教育をしたりしています。
非認知能力は、将来の年収や幸福度を左右する
子供や教育に関わる方は最近よく「非認知能力」という言葉を聞くのではないでしょうか?
なんとなく「非認知能力が大切」と思いながらも、その根拠を知らない方もいらっしゃると思います。
本記事では、「幼児期における非認知能力の育成が重要」と言われている根拠となる研究を紹介します。
また、非認知能力の定義や各個別スキルについてはこちらの記事で解説しています。
また、研究の側面から非認知能力の重要性を理解したい方にはこちらの本がおすすめです。
「ペリー就学前プログラム」について図を用いて解説
非認知能力の重要性、というテーマで最も引用される研究が、「ペリー就学前プログラム」です。
どんな研究か?
研究の概要を紹介します。
ペリー就学前プログラムは、1960年代にアメリカミシガン州で開始されました。
プログラムの対象になったのは、教育上のリスクがある子供たちとその家庭です。
このプログラムでは、上記の子供・家庭を2つのグループに分けました。
- 実験群:教育的な介入を行うグループ
- 比較対象群(統制群):教育的な介入を行わないグループ
「教育的な介入」というのは具体的には以下のような取り組みです。
- 子供には、幼稚園での幼児教育プログラムに参加をしてもらった
- 家庭・養育者に対しては、専門家による家庭訪問及びアドバイスが行われた
その後、上記のような介入を行ったグループと行わなかったグループを40年に渡って追跡調査を行い、幼児教育や家庭への訪問などが子供の将来に及ぼす影響を検証しました。
プログラムの結果
では、結果はどうだったのでしょうか?
以下二点がこの一連の研究の簡単な結論になります。
- 介入が行われたグループの子供は、そうでない子供に比べて犯罪率、年収、持ち家率などにおいて良好な成績を残した
- そのような良好な成績は、学業成績など「IQではない能力」によってもたらされた
それぞれ解説をしていきます。
教育的介入が、将来的な社会的成功につながった
研究にまつわるデータを図にまとめたので、まずはそちらをご覧ください。
こちらの図からもわかるように、教育的介入を受けたグループの子供は、そうでない子供に比べて良好な成績を残していますよね。
具体的には、高校卒業率が高く、特別支援教育の受講率・留年や落第率・犯罪率が低いことがわかると思います。
また、将来的な年収などにも開きがありました。
このことから、幼児期に施す教育と親をはじめとした家庭への専門知識・サポートは子供の社会的成功に対して貢献することが分かりました。
良好な成績は、IQではない要素によってもたらされた
さらに、ジェームズ・ヘックマンはこの実験を分析し、「上記のような良好な結果、社会的成功はIQではない要素によってもたらされた」という結論を導き出しました。
どういうことでしょうか?
IQという点について言及すると、教育的介入を受けたグループは「幼稚園に通っている間」は介入を受けていない子供に比べて高いIQを記録していました。
ただし、子供の年齢が8歳になると、教育的介入を受けたグループと受けていないグループの間のIQの差はなくなっていたそうです。
つまり、8歳以降の良好な成績及び社会的な成功は「IQではない要素」によってもたらされたのです。
このことからヘックマンは、「IQ以外の”生きる力”が子供の将来を左右する」と結論づけました。
「ペリー就学前プログラム」についての注意点
上記の結果を読んでお分かりになったかもしれませんが、「ペリー就学前プログラム」は「非認知能力の重要性を明らかにした」と言うよりも「学力偏重の教育の落とし穴を見つけ、非認知能力の重要性を”示唆”した」というレベルに留めておく方が正確です。
そのように、「ペリー就学前プログラム」の結果やその解釈についてはいくつか注意点があげられることが多いです。
最後に、そういった注意点を以下にまとめておきます。
- ヘックマン教授が用いるもう一つのエビデンスである「アベセダリアンプロジェクト」と合わせてもサンプル数が100程度と少ない
- 調査対象がアメリカ、かつ比較的生活状況が苦しい家庭を対象にしている
- 「IQではない何か」の重要性を示唆したが、直接的に「非認知能力の重要性」を明らかにしたわけではない
ただし、上記のような反論や批判があっても、ヘックマン教授の主張は多くの教育者に支持されていたり、書籍で取り上げられたりしています。
なぜでしょうか?
それは二つの理由に起因します。
一つ目は、非認知能力に分類される「GRIT」「自己効力感」「セルフコントロール」など個別スキルごとに重要性が明らかになっていることです。
代表的な個別スキルだと「GRIT」が挙げられます。
こちらはペンシルベニア大学のアンジェラ・リー・ダックワース教授が書籍に取り上げ有名になったスキルです。
GRITの重要性やその根拠となる調査などはアンジェラ教授自身の書籍が多く取り上げられています。
よかったら読んでみてください。
もう一つの理由が、ヘックマン教授が主張している非認知能力の重要性はデータがなくとも疑いようがないスキルが多い、ということです。
例えば「自己効力感」。
「自己効力感を子供が身に付けた方が良いと思うか?」と問われたら多くのかたが”Yes”と答えるのではないでしょうか?
*子どもの自己効力感を高める方法はこちらの記事をご覧ください
そのように、非認知能力に分類されるスキルの必要性なことは疑いようないことからもヘックマン教授の主張を用いながら非認知能力の重要性を説く書籍や記事は多くなっています。
今、教育業界では「非認知能力は本当に大切か?」と言うことよりも、「どうすれば子供の非認知能力を伸ばすことができるか?」という「方法論」の部分がメインで議論されているのではないでしょうか?
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は研究内容の話だったので少し難しかったかと思います。
最後に研究に対数する批判も紹介したことで「何を信じれば良いのか?」と疑心暗鬼になってしまった方もいるでしょうか?
なぜわざわざ批判まで紹介したかというと、「教育に絶対的な正解なんてない」ということを意識していただきたかったからです。
要するに、誰も正解を知らないのです。
ただし正解がないからこそ、下記のような姿勢が大切だと僕は考えています。
- 先人からが気づいてきた科学的な根拠などを用いながらエビデンスベースの教育をしていくこと
- その中で自分なりの教育の軸を見つけて言語化し、子供に接すること
補足ですが、このように当たり前だと思われていることを科学的及び一時的な情報から明らかにしていくプロセスが好きな方には下記の本をおすすめします。
個人的に2021年で一番面白かった本です。
参考情報
・『やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』
・『家庭、学校、職場で生かせる!自分と相手の非認知能力を伸ばすコツ』
・『「非認知能力」の育て方~心の強い幸せな子になる0~10歳の家庭教育~』
・『「学力」の経済学』
・『幼児教育の経済学』
・「非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する報告書」(2017.遠藤)
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